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広島地方裁判所 昭和45年(行ウ)5号 判決

原告 川本徳二 ほか一七六名

被告 広島市長 ほか一名

代理人 岸本隆男 八木良一 神田良実 工藤真義 ほか一三名

主文

一  原告丸橋末人、同蓮池芳子の本件各訴をいずれも却下する。

二  その余の原告らの請求の趣旨1項及び3項の訴をいずれも却下する。

三  その余の原告らの請求の趣旨2項の請求を棄却する。

ただし、同項に記載の各換地処分はいずれも違法である。

四  訴訟費用中、原告丸橋末人、同蓮池芳子と被告らとの間に生じた分は右原告らの負担とし、その余の原告らと被告らとの間に生じた分はこれを三分し、その二をその余の原告らの、その一を被告らの各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告広島市長が、昭和四四年一一月ころ、土地区画整理法八六条一項により決定した広島平和記念都市建設事業東部復興土地区画整理事業の換地計画及び右換地計画に基づき同年一一月ごろなした換地処分全体を取消す。

2  被告広島市長が、原告らまたはその先代らに対しそれぞれなした昭和四四年一一月一五日付換地処分通知(別紙換地処分通知一覧表に記載のとおり)にかかる各換地処分をいずれも取消す。

3  被告広島県知事が、昭和四五年一月九日、前記換地処分全体につき同法一〇三条四項によりなした換地処分の公告を取消す。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  本案前の申立

1  本件訴のうち、請求の趣旨1項及び3項の訴をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張 <略>

第三証拠関係 <略>

理由

第一本案前の判断

一  原告丸橋末人、同蓮池芳子の本件各訴の適否について判断するに、右原告らが本件換地計画、換地処分にかかる従前の土地を所有していた旨の主張事実につき、被告らはこれを否認するところ、本件各証拠によつても、右事実を認めるに足りない。また、本件訴状の別紙換地処分通知(本判決の別紙換地処分通知一覧表はこれを要約したもの)中にも右原告らに対する通知はなく、右原告らに対し本件換地処分がなされたこと自体、これを認めるべき資料がない。そして、右原告らは、自己に対する換地処分を違法に欠いたとの理由で本件換地処分の取消を求めているものでないことはその主張によつて明らかであるし、第三者に対する換地処分によつて自己らの権利や法的地位が左右されるような特別の事情についても何ら主張、立証するところがないから、本件換地計画、換地処分及び公告の取消を求めるにつき法律上の利益を有しないというべく、右原告らの本件各訴は不適当として却下を免れない。

二  その余の原告ら(以下、単に「原告ら」という。)の、請求の趣旨1項の訴の適否について判断する。

1  土地区画整理法に基づく換地計画(法八七条)は、事業計画で定められた事項をさらに具体化し、従前地の所有権その他のの権利につきその変動の方針を定める性質のものであるが、それ自体によつては未だ具体的な権利変動を生ぜず、これに基づく仮換地指定処分、換地処分があつてはじめて個別、具体的な権利変動を生ずるのであるから、関係権利者はその段階で抗告訴訟を提起することができ、かつそれをもつて足りると考えられる。したがつて、換地計画は、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらないと解するのが相当であり、その取消を求める訴は不適法として却下を免れない。

2  また、原告らが、本件換地処分によつて従前地所有権の侵害を受けたと主張する以上、それを回復するに必要な限度で取消を求める利益を有するが、取消判決の効力が訴訟当事者間においてのみ効力を生じ、換地処分を受けたが訴訟当事者となつていない第三者に対してまで取消の効力を及ぼすものではないこと(行政事件訴訟法三二条一項は、原告らに対する関係で換地処分が取消されたという効果を、第三者も争い得なくなることを意味するに止まり、それ以上に、換地処分がすべての人に対する関係で取消されることを意味するものではないと解される。)を考えると、右第三者に対する換地処分の取消請求は、原告らの利益回復の必要限度を超えるというべきである。もつとも、本件において原告らの主張する違法事由は、原告らに対する個別的換地処分の違法を云々するものではなく、本件整理事業全般にわたるものであるけれども、仮に右主張の全部又は一部を肯認して原告らに対する各換地処分の取消請求(請求の趣旨2項)を認容する判決が確定した場合、施行者たる被告広島市長としては、必要な是正措置として、本件換地処分全体(遡つて本件整理事業の手続全体)をやり直す義務を負うこととなると考えられる(行政事件訴訟法三三条一項)から、訴訟においてその全体の取消を求める必要(法律上の利益)はないというべきである。

したがつて、その取消を求める訴は不適法として却下するほかはない。

三  請求の趣旨3項の訴についてみるに、換地処分の公告は、これによつてすべての換地処分の効果を一斉に発生させるものである(法一〇四条一項)が、右は換地処分の効果を同時、一斉に生じさせるための手続的考慮に基づくものと解せられ公告そのものによつて関係者の権利を侵害することもなければ、公告を取消しても換地処分が効力を失うわけでもなく、逆に換地処分が取消されれば公告はその基礎を欠き効力を失う結果となるから、公告は取消訴訟の対象たる行政処分にはあたらないと解される。

よつて、右訴もまた不適法として却下すべきものである。

第二本案の判断(請求の趣旨2項の請求について)

一  請求原因1、2の事実は、原告丸橋末人、同蓮池芳子の関係及び別表(一)の相続関係を除いて当事者間に争いがなく、右相続関係は弁論の全趣旨によつてこれを認めることができる。

二  原告らが本件において違法事由として主張するところは多岐にわたるが、先ず、いわゆる一坪・二坪換地の違法性に関する主張について判断する(被告らは専ら二坪換地としてその正当性を主張しており、本件各証拠及び弁論の全趣旨によつても、一坪換地の事例は僅少とみられるから、以下においては単に「二坪換地」と称する。)。

1  被告らは、原告らが換地を受けるべき権利は二坪換地によつていささかも侵害されず、かえつて、未指定地の売買代金のうちから特別交付金として利益の還元を受けているから、二坪換地の違法を理由に本件換地処分の取消を求める法律上の利益はないと主張する。しかし、土地区画整理事業は、本来健全な市街地造成のための土地の再配分を目的とするものであつて、補償による土地の収用ではないから、土地に代えて金銭をもつて還元すれば足りる旨の主張は採用し難いし、仮に二坪換地が違法との理由で原告らに対する各換地処分が取消されれば、原告らは、被告広島市長のなすべき是正措置により、他の従前地所有者らとともに二坪換地部分の分配(増換地)を受ける権利を有する筋合であるから、原告らには、この点を主張して取消を求める法律上の利益があるというべきである。

2  そこで、二坪換地がなされた背景やその処理の実状等について検討するに、<証拠略>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告広島市長は、昭和二一年一〇月から本件整理事業(旧都市計画法に準拠するもので、その名称は広島特別都市計画事業東部復興土地区画整理事業)に着手し、昭和二二年八月から同二四年三月ごろにかけて、ほとんどの区域について仮換地(当時は換地予定地)の発表(その指定を事実上予告的に公表するもの)を行い、また、仮換地指定の可能な区域(バラツク等を除去し、土地の使用が可能となつた区域)については逐次その指定を行つた。

(二) 昭和二四年六月、政府は「戦災復興都市計画の再検討に関する基本方針」を閣議決定し、これを受けて、建設省都市局長は各都道府県知事あての通知により、事業費節減のため、公園、街路等の公共施設の計画の縮小と施行区域の縮小を求めたため、被告広島市長もこれに沿つて、昭和二七年三月、従前の事業計画を変更した(なお事業の名称も、「広島平和記念都市建設事業東部復興土地区画整理事業」と改められた。)。

(三) 右変更により、一四万一二一九・五〇平方メートルのいわゆる未指定地を生ずるに至つたが、前記のような仮換地の発表やその指定により、関係市民らがその予定地又は仮換地上に次々に建物を建てて居住し始め、昭和二七年ごろには既に多くの土地がそのように使用されていたため、従前の仮換地予定又は指定を全面的に変更する(それに伴つて多数の建物の除去、移転が必要となる。)ことは、事実上極めて困難であつた。

なお、その後右の使用状況はさらに進み、昭和三〇年三月ごろには、仮換地(またはその予定地)上の建物の建築や道路工事等がほぼ八〇パーセント程度完成するに至つた。

そこで、被告広島市長は、右未指定地の処理につき種々検討し、土地区画整理委員会(昭和三〇年四月の法施行後は審議会)の意見を聞いたうえ、そのうち三万六〇四四・六〇平方メートルを過大宅地減歩率の緩和等にあて、四万三九六六・三〇平方メートルは保留地として処分し、残る六万一二〇八・六〇平方メートルを二坪換地の対象とするとの方針を定めた。

(四) そして、被告広島市長は、施行区域内に散在する市有地のうち三三二七・〇七平方メートルを二坪(一部は一坪)ずつに分筆して五三二筆の土地とし、これらが過小宅地(法九一条一項)であるような外形をつくり、これを従前地として、広島市に対し増換地としての仮換地指定(その地積合計六万一二〇八・六〇平方メートル)をした。そして、広島市は、その選定する売却対象者(後述)に対し、実質的には仮換地の売買として従前地を次々に売却したが、その代金は、仮換地の時価相当額としその総額四億一〇六二万三四二六円のうち従前地の価額合計一三六五万円は広島市が取得し、仮換地の評価額の合計額と従前地価額の合計額との差額一億六〇一六万〇一六〇円は被告広島市長が広島市から清算金として徴収のうえ清算にあて、残余の二億三六八一万三二六六円は同被告が施行区域内の従前地所有者らに対し、従前地の評価額に按分して、「特別交付金」の名目で支払つた。

(五) 右売却の対象者は、(一)本件整理事業区域内に二〇坪未満の土地を所有していた者(二)仮換地指定を受けたが、減歩のため既存建物をその範囲内に収容することができない者(三)罹災等のため同区域内の土地に無権限で建物を建てて居住している者、(四)太田川改修工事による立退者(当時国の事業として進められていた太田川改修工事((本件整理事業の区域外))のため、用地買収を受けて立退きの必要があつた者)などのうちから選定された。

(六) 右のような従前地二坪の売買(関係者の意識においては仮換地そのものの売買)は、昭和二八年ごろから三五、六年にかけて多く行われたが、一部昭和四四年の本件換地処分の前後に処理されたものもあつた。また、二坪に対する仮換地の地積は多くが三〇坪ないし四〇坪程度であるが、一〇〇坪前後に及ぶものもあり、その平均倍率は、前記仮換地及び従前地の総地積から、約一八・四倍となる。

概ね以上のとおり認められる。

3  ところで、被告らは、二坪換地の法的根拠として、法九一条一項の趣旨の類推適用を主張する(なお、昭和三〇年四月の法施行以前においては、旧都市計画法施行令四四条を根拠としたというが、最終的に換地処分がなされたのは昭和四四年一一月であるから、結局は法九一条一項を援用することとなると解される。)。

しかし、本来右条項は、従前地に減歩を施す結果過小宅地となるおそれがある場合、災害の防止や衛生の向上の見地から地積を適正にする特別の必要があるときは、過小宅地とならないように、増換地を含む特段の措置をとることができる旨を定めたものであつて、その文言上及び性質上、従前地上に建物があつて居住等の用に供せられている場合を予定している(その故に災害防止、衛生向上を図る必要がある。)と解せられ、もともと二坪程度しかない極端に零細な土地までを対象とする趣旨とは考えられない(むしろ、そのような土地は宅地として増換地をするのが適当とはいえず、同条三項によつて換地を定めない取扱いをすべきものである。)。また、増換地をするとしてもその割合には自ら限度があり、過小宅地とならない程度を超えるような高率の増換地を容認する趣旨とは解されず、本件のように、従前地の平均一八・四倍という高い増歩率の換地は、右条項の予定するところではないというべきである。さらにまた、本件のように、増換地を予定して意図的に作り出した零細宅地について、右条項による取扱いを主張することは、その趣旨に照らし甚だ疑問といわなければならない。

以上の点から、二坪換地につき法九一条一項を類推適用することはできないと解するのが相当である。

4  被告らはまた、二坪換地は合目的的な裁量の範囲内の処理方法であるとし、或いは一種の緊急避難的な処理として違法性を欠くと主張する。

しかし、本件整理事業においては、平均二三・六パーセントの減歩がなされた(<証拠略>によつて認められる。)一方、既述のように、二坪換地として平均一八・四倍にのぼる増換地(合計六万一二〇〇平方メートル余)が行われたのであつて、それが換地処分においてあるべき公平の原則に著しく反することは明らかである。そして、二坪換地が上記2で認定した事情、経緯によつて行われたものであるとしても、本件においては、同時に次の諸点をも指摘しなければならない。

(一) 当時、いわゆる戦災復興事業として、全国の多数の都市において土地区画整理事業が行われ、被告ら主張のような事情の変更によつて、公共用地の縮小を余儀なくされ未指定地の発生をみた事例も少なくなかつたことが弁論の全趣旨から窺われるが、その処理のため、本件のような二坪換地が実行された事例については何ら主張・立証がなく、未指定地は他の手段・方法によつて処理されたものと推認される。したがつて、二坪換地が唯一の方法であつたかのような主張は直ちには肯定し難い。

(二) 被告らの主張によれば、未指定地のすべてを保留地として処分することも法律上可能であつたというのであり、そうであれば、関係者らの金銭による償還の要求を抑えてでも、公平の原則に反する二坪換地を避け、当該部分を保留地に組み入れて処理することができたはずと思われる(そのことによつて本件整理事業の遂行上どのような支障を生じたかについては、明らかな主張・立証がない。)。

(三) 前述のように、二坪換地は、本件整理事業の施行区域内の土地を無権原で占有する者(本来これらを立退かせて整理事業を進めるべきものである。)や、施行区域外の太田川立退者をも対象として行われたものであり、<証拠略>によれば、特に右後者を対象とすることについては不公平感からの異論も少なくなかつたが、政治的考慮からこれを加えたことが窺われるのであつて、このような対象者選定の問題からみても、二坪換地が果して唯一無二の方法であつた否か疑問なきを得ない。

これらの諸点を考慮すると、二坪換地が緊急避難的処理として違法性を欠く旨の主張はにわかに採用し難く、また、施行者の裁量の範囲内に属するとの主張も、法による羈束を排除するまでの特段の事情があつたとは認め難いから、これまた採用することができない。

5  以上に述べたところから、二坪換地は違法の評価を免れず、原告らに対する各換地処分も、これと不可分の関係にある(二坪換地がなければ、その地積の一部は、僅少にせよ原告らに対する換地として交付されたことが明らかである。)故に違法というべきである。

したがつて、右換地処分は、原告ら主張のその余の違法事由につき判断するまでもなく、本来これを取得すべきものである。

三  しかし、既に認定したとおり、本件整理事業の進行に伴い、昭和三〇年三月ごろには仮換地上の建物や街路工事も概ね完成し、既に覆し得ないような権利関係、利用関係が形成されていたのであり、その後更に約三〇年を経た現在においては、その関係はますます固定化し或いは複雑、多様化していることが容易に推認される。原告らに対する各換地処分が取消された場合は、事柄の性質上、被告広島市長としては、本件換地処分全体の是正(当初の手続きに遡つてのやり直し)をせざるを得ないであろうが、それは必然的に地上建物の大規模な除却、移転等を伴い、社会的、経済的に莫大な損失を招来することが明らかである。他方、原告らに対する換地処分が取消されないことによつて原告らが損害を被るとしても、その程度は右のような著しい公益の障害に対比すれば僅少というべく、その他、本件整理事業が広島市街の復興、再建に果たした役割や、その施行区域が広大で利害関係者が極めて多数であること等を考慮するとき、原告らに対する換地処分を取消すことは、公共の福祉に適合しないといわざるをえない。

四  以上の次第で、原告丸橋末人、同蓮池芳子の本件各訴を却下し、その余の原告らの請求の趣旨1項及び3項の訴をいずれも却下し、請求の趣旨2項の請求については、行政事件訴訟法三一条に従いこれを棄却するとともに、原告ら(右二名以外)に対する各換地処分が違法であることを宣言し、訴訟費用の負担につき同法七条、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用して、主文とおり判決する。

(裁判官 田川雄三 小西秀宣 井上秀雄)

当事者目録 <略>

別表(一) <略>

別表(二) <略>

換地処分通知一覧表 <略>

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